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タイ、インドネシア、マレーシアでは、規模的にも、また各国の受入れ合計に占める比重においても、日本は存在感を増していた。
そして当然のことながら、これら各国を中心に邦銀の融資も増大し、ここに日本産業、経済自身にとっての最前線が形成されていた。
しかも、対アジア展開の背景に過度な円高があった以上、日本経済は、いわば補給線が伸び切った状態にあった。
その補給線が寸断されたのである。
ヘッジ・ファンドは何を狙ったかアジアの経済破綻をもたらした通貨危機とはどのようなものであったのか。
ここではそもそもの端緒となったタイのケースについて考えてみる。
九七年五月、タイ通貨・バーツの下落が始まった。
アジア四カ国・地域の中央銀行による買い介入などで一時は戻したものの、六月末には再び下落が加速した。
そこで七月に入ると変動相場制に移行したが、その後も下落に歯止めがかからなかった。
やがてマレーシア、フィリピン、インドネシアといった通貨も圧力を受けて下落し始める。
アジア通貨の動揺は、かつてのメキシコの通貨危機にも似た新興国市場特有の連鎖反応なのだろうか。
たしかに形は似ているが、その実体や背景はかなり違っていると考えるべきだろう。
「危機」以前のタイ経済は、九六年のGDP成長率が六・六%で、前年より多少減速したとしても、決して低い水準ではなかった。
こうしたなかで、建設ブームの反動による不動産不況の気配が濃くなっていたことはたしかである。
タイに限らず、アジア諸国の首都では、オフィスの空室率が上昇していた。
しかし、これを通貨危機の端緒というには、こんなことだったのかと驚かされる程度の指標の変化である。
タイの経常赤字はたしかに増えていた。
だが、バーツ売りの起点となった九七年五月の時点で、その第一四半期の収支を見れば、赤字幅は前年より大幅に圧縮されていたのである。
タイやマレーシアなど諸国の経常収支は、一般に、高投資が高貯蓄を上回っているがゆえの赤字で、同じ赤字国でも、低貯蓄・低投資型のメキシコとは構造が異なる。
しかし、GDともなかった。
こうした状況は、ヘッジ・ファンドなどの投機筋にバーツ売りの根拠を与えたろうが、メキシコの場合のように、アメリカ資本が、大規模に、母国への資本逃避を開始するといったことはなかった。
もともと同国に限らずアジア金融市場は貸出しが優位であり、資金の安定性に富んでいる面もあった。
機関投資家が不在で債券市場が未整備である一方、企業側も馴染みがあり、結局は金利が安くつく銀行借入を好んできたためである。
この点で、邦銀の存在感も大きかった。
邦銀は、約一二〇〇億ドルを対アジア向けに貸し出していたが、これは全海外貸出しの約七割を占める。
なかでもタイ向けは一国としては最大で、同国の海外借入の五割以上を占めるほどであった。
タイにおける邦銀のプレゼンスの背後には、もちろんタイで突出する日本企業の存在があった。
このような日・タイ間の経済関係の深化があったからこそ、タイ政府はバーツ防衛介入による外貨準備の払底を、当初はIMF貸付でなく日本からのマネー供給によって切り抜けようとしたのだった。
以上がとりあえずの大まかなタイ通貨危機の経過だが、この危機について国際マネー経済の現状からどんなことがいえるか。
とりあえず三点をあげておきたい。
まず、下落は必然的だったか否かの問題である。
以上のような背景などからするとバーツ下落に素地はなかったとはいえないが、「起こるべくして起こった」ともいえない。
逆に、ヘッジ・ファンドなど、投機筋の動きはかなり「選択的」であったといえる(「売り」に出るのは、バーツでなくともよかった)。
例えば、米DRI社は、「グローバル・リスク・サービス」として、九七年中に二五%以上の通貨下落に見舞われる国の可能性をランク付けしている。
大幅な経常赤字や外貨準備などの経済要因をまずウエイト付けし、それに政治要因を加味するという方法によっているが、危険度がもっとも大きいとされたブラジルはこの年、格別の投機にはさらされていない。
次に、タイ・バーツに対する売り投機の目的は何かである。
これが主張しているように、アメリカの反対を押し切ってミャンマーを加盟させたことに対する政治的反発に基づくものであるかどうかは即断できない。
ヘッジ・ファンドが基本的に機を捉えての利益追求を目的とするのはいうまでもないが、それ以外の目的をまったく否定することは難しいというのが現状でのおおかたのコンセンサスであろう。
そのことよりも、第三点として指摘しておきたいのは、これがヘッジ・ファンドの「ユーロ後」をにらんだ前哨戦であった可能性である。
ユーロの誕生を望まないアメリカの意向を反映して、ヘッジ・ファンドがユーロ誕生への足並みを乱すべく、例えばリラ売りなどを仕掛ける可能性も指摘されているが、ユーロの出現後は、ヨーロッパ各国通貨の変動を「稼ぎ場」にしていた投機資金は、投機の機会を失うか、あるいは大幅に減殺される。
そこでローカル化した円やアジア通貨に、残る「稼ぎ場」としての投機の矛先が向けられる。
このままでは、ヨーロッパ諸国が全体として通貨の安定を享受する代わりに、アジア諸国がその分まで変動リスクを肩代わりすることになりかねないのである。
財務省・ウォール街複合体アジア通貨危機のはらむ問題を、あらためてアメリカを中心とするマネー循環の回路のなかで捉えなおしてみると、皮肉なことに、日本発のマネーがアメリカを経由してアジアに環流し、通貨供給量を膨張させたあげくの「危機」であったという事実に突き当たる。
ヘッジ・ファンド自体が、もとをただせば日本の異常な低金利を活用して、投機資金を調達しているのである。
著名な投機家ジョージ・ソロス氏が、日本開発銀行にまで融資を打診したという話も伝えられている。
さらに重要なことは、アメリカの政治力がこうした投機筋の動きを支援したという以下の経緯であろう。
九七年の春にヘッジ・ファンドが動き始め、バーツへの売り投機を開始したとき、タイ政府はバーツの空売りを締め上げる作戦に出ようとした。
ヘッジ・ファンドが空売りしたバーツを買い支えて、ヘッジ・ファンドが高値で買い戻さざるを得ないようにしむけたのである。
こうしたタイ政府の市場への干渉に、市場の論理をふりかざして立ちはだかったのが、ルービン財務長官であった。
アジアの経済危機に関連して、アジア的なクローニー・キャピタリズム(仲間内資本主義)の問題が、米系のメディアを中心に大きくクローズ・アップされた。
しかし、ここで注意を払わなくてはならないのは、そうした特殊アジア的な資本主義と九七年の通貨危機とのあいだに、何ら直接的な関連はなかったということである。
降ってわいたようなアジア通貨危機の原因を、この地域の旧来からの経済社会体質に求めるのは、明らかな論点のすり替えである。
むしろ、ルービン財務長官の、いかにもウォール街らしい市場観が大きくものを言う、現代の資本移動の問題点にこそ目を向けるべきであろう。
ドイツ銀行の資料によると、四カ国と韓国をめぐる民間資金の流出入額は、九六年には九三〇億ドルの流入であったものが、翌九七年には一二〇億ドルの流出に転じており、この動きは五カ国のGDPの一〇%にも相当するという。
かくも急激な資金の流出入があっては、どんな国の経済システムも自らを維持することは難しい。
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